zatubunsya’s blog

アラフォーオヤジが何か考えたことを考えたままに書き連ねさせていただいております。

高田川部屋の力士・勝武士さんのコロナ死が悲しい

出ないでほしい、と言っていた、相撲界での新型コロナウイルスの犠牲者がとうとう出てしまいました。

高田川部屋の勝武士さん。

「聞いたことあるな」と思ったのはちょっと変わった四股名であるからかと思っていましたが、しょっきり(巡業などで相撲の禁じ手について土俵上で面白おかしく説明する見世物)を担当していたんですね。

何かの機会にお名前を目にしたことがあったのでしょう。

 

28歳、現役の力士としては晩年に差し掛かりつつある年齢ですが、人生としてはまだまだこれからというところ。

亡くなってしまったのは糖尿病を患っていたこともありますし、「一番最初の発症者」ということで初期治療の遅れがあったこともあるでしょう。

誰も責められませんが、なんともやり切れない思いもします。

 

こういうことがありますと、やっぱり糖尿病の発症率が高い力士の食生活ってどうなんだろう、と思ってしまいますよね。

とにかく体を大きくしろ、太れ、と食べさせて糖尿病になり、その後の人生を狂わせた力士って多くいるんじゃないでしょうか。

 

今では栄養バランスを考えて食事メニューを作る相撲部屋も増えてきて、無理やり食べさせるような部屋の少なくなってきたのではないかと思いますが、それでも力士に糖尿病の発症者が多いのは、もう相撲界の根本的な問題なのかもしれませんね。

新型コロナウイルスの件がなくても、糖尿病は体に悪いのですから「うまく糖尿病にならないで太る仕組み」というものがあればいいんですけどね。

我ながら都合のいいことばかり言っていますが。

 

ここまで言いながらも「痩せててもいいんじゃない?」と言えないのは、私の中で「やっぱりお相撲さんは太っていてほしい」という感覚が抜けないからでしょうね。

自分たちとは違う、特別な存在の象徴があの大きな体と髷にあると考えているので。

相撲の強い弱いではなく、もうすでにその存在が特別であってほしいんですよね。

 

だからと言って不健康になってほしいわけでもないんですが……。

なんかワガママなことばかり言うだけで、自分でもうまく考えがまとまりません。

 

ともかく、もうこれ以上相撲界から新型コロナウイルスの犠牲になる人が出てきませんように。

そう祈ることしかできません。

「子連れ出勤」って実際は大変だよなぁと思った話

昨日、ちょっとした打ち合わせがあって某ファミレスに行ったんですよ。

お昼時なこともあって、そこそこ席は埋まっている感じ。

やっぱり、だんだんと皆さん日常生活に戻りつつはあるようですね。

 

もちろん新型コロナウイルスが消え失せたわけではありませんので、油断はできませんが。

とは言っても、さすがにもう自粛ばかりもしていられませんしね。

私もちょっとずつ、仕事で外に出る機会が出てきましたし。

 

まあ、それはともかくとして。

先方が来るまでしばらく時間があったので、ちょっとPCいじりながらご飯でも済ませようと思ったんですけどね。

どうも、フロア内を小さい子どもがウロウロしているんですよ。

別に子どもがウロウロしていること自体は珍しいことではないんですけど、なんだかお客さんの子どもが飽きてフロア内で遊んでいる、という雰囲気でもなくて。

 

どうも、ある店員さんの後ろをくっついて歩いているようでして。

なんかお客さんの子どもに懐かれちゃったのかな、とか思ったんですけど、店員さんの反応からもそんな感じではなく。

「あれ、これってもしかしたら子連れ出勤か?」と気付いたわけです。

 

いや、なんかニュースとかで「子連れ出勤が可能なオフィス」みたいな特集は見たことがありましたけれども。

まさかファミレスで、しかも客前に出るフロアの人で子連れ出勤が行われているとは思いませんでした。

だって、単純に危ないじゃないですか。

熱い料理を運ぶこともあるでしょうし、子どもがフロアをウロウロしていて転んで机に頭をぶつけたりする可能性もあるわけですし。

 

まあ、多分これも新型コロナウイルスの影響か何かで、仕方がないんでしょうね。

幼稚園か保育園か知りませんがお休みになっちゃって、どうしようもなかったのかもしれませんし。

ただ、本当に怪我にだけは気をつけてあげてほしいな、と思いましたね。

 

そうこうしている間に打ち合わせの相手も到着したので、サクサクっと話を済ませて。

で、お会計の時に、件の子連れ店員さんがレジを打ってくれたんですけど。

「〇〇円のお返しです、ありが」まで言ったところで、お子さんがテッテケ走り寄ってきて絶妙のタイミングで「ママ~」と一言。

思わず私も店員さんも打ち合わせ相手も、顔を見合わて笑ってしまいましたね。

 

すぐに「すみません」と謝られたんですが、こっちからすれば別に謝られるようなことじゃありません。

「いえいえ、ごちそうさまでした」と言ってお店を出たのでした。

 

とにかく「小さい子を連れて働くって大変だよな」と思ったのと、変な客が来て「子どもがうるさい」とかクレーム入れられるようなことがなければいいな、と思いました。

「公園で遊ぶ子どもの声がうるさい」と文句を言われてしまうような世の中ですから、似たような変なお客が来ないとも限りませんからねぇ……。

こんな心配を思わずしてしまうような世の中も、世知辛くて嫌なんですけどね。

ラーメンの「無化調」という呼び方があんまり好きじゃありません

よく「無化調ラーメン」って言い方しますよね。

書いて字のごとく「無・化学調味料」、化学調味料を使っていないという意味なわけですけど。

 

私、この「無化調」という言葉があんまり好きではないんですよね。

理由は、いまはもう使われていない「化学調味料」という言葉を持ち出すことで、必要以上に「美味しい」「体にいい」というイメージを強調する、薄っぺらい感じがするからです。

化学調味料こと「うま味調味料」という存在を不当に貶めて自分のイメージを上げているように見えるんですよね。

 

あ、無化調ラーメンというものを否定するわけじゃありませんよ。

うま味調味料を使わず、自然の素材から出汁を取って美味しいラーメンを作るんですから、原料費もかかれば時間もかかるでしょう。

それはそれでこだわりであり、立派なことだと思います。

 

でもそれだけこだわったのなら、わざわざ「無化調」なんて言葉を使わずに、味で勝負してみれば?と感じてしまうんですわ。

特にでっかく「無化調」とポスターとか幟とかに書いてあると「味じゃなくて無化調であることがウリなんだなぁ」と思いますよね。

 

実際、うま味調味料にもう慣れ切ってしまった人間は、うま味調味料を使わない「無化調ラーメン」を食べると美味しさよりも物足りなさ、味の薄さを感じてしまうと言いますし。

「無化調」をアピールしないと「味の薄い、不味いラーメン」と思われる可能性が高いんでしょうね。

食べてるお客さんも、ラーメンの美味しい不味いじゃなくて「無化調だからこういう味なんだ、美味しい!」というイメージで食べているんじゃないかな、と私みたいな捻くれ者は思ってしまうんです。

 

そもそもなんでうま味調味料がそんなに嫌われているか、よく理解できないんですよね。

だって、うま味調味料だって普通に自然界にある原料から旨味を抽出して、調味料として使うわけじゃないですか。

煮干しだの昆布だの椎茸だのを煮込んで旨味を抽出して出汁を取ることと、何も変わらないんじゃないか、と考えてしまうんですけどね。

「無化調は体にいい」というイメージかもしれませんが、体にいいか悪いかはうま味調味料を使っているか使っていないかよりも「スープを全部飲まない」とか「ラーメンの後の食事は塩分油分控えめにする」とか、そういうことの方が大事なんじゃないか、と。

 

まあ、私はあえて「無化調ラーメン」を食べたいとは思っていないので、お好きな人はどうぞ、としか言えないんですけど。

私は食べて満足できれば、うま味調味料が入っていようが入っていまいがはっきり言ってどうでもいいので。

あと、安ければもっといいですね。

 

……こういう人間を「こだわりがない、つまらない人間」と言うのかもしれませんけど。

 

「餃子の満州」の肉細切りピーマン炒めが食べたくて

突然ですが、私は「餃子の満州」というチェーン店が結構好きでして。

でも最近は「不要不急の外出を控える」の流れに乗る、という言い訳であまり行けていなかったのです。

それが急に昨日、「餃子と肉細切りピーマン炒めが食べたい。あとビール」という、どうしようもない欲求に突き動かされてしまいました。

 

いや、正直どうするべきか迷ったんですよ。

でもこの欲求を満たさなければ、どうにも落ち着かないわけでして。

つまりこの欲求を満たすという用件は、不要不急の外出ではないのではないか、と。

有要有急の外出なのではないか、と。

自分に言い訳して、ちょっと出かけることにしちゃいました。

 

まあ、パチンコとか行く人も、同じような言い訳して出かけていくんでしょうけどね。

 

そうは言っても、やっぱり何だか後ろめたい気持ちはあったんでしょうね。

「店が混んでいたらおとなしく帰ろう」とか「持ち帰りにするかな」とか、いろいろと考えながら、テクテク歩いてお店に到着。

 

店内にはお客さんは誰もいませんでした。

じゃあ、ちょっとだけいいかな、と思ってお店で食べて帰ることに。

やっぱり調理したての料理でビールを飲みたいじゃないですか。

 

餃子を一皿、肉細切りピーマン炒め、そしてグラスビールを注文。

さっそく目の前に届いたグラスビールで喉を湿らせながら、料理が届くのを待ちます。

「グラスビール」という名称ながら、量はそれなりにたっぷりあるのが嬉しいところです。

 

キッチン内では店員さんが中華鍋を振るっています。

自分の料理が作られているのを見ながら、チビチビビールを飲むのも悪くありません。

 

そして届いた、肉細切りピーマン炒め。

簡単に言えば「青椒肉絲」ですね。

大きめのお皿にたっぷり、お肉とピーマン、そしてたけのこの細切り炒めが乗っています。

ピーマンとたけのこには火を通し過ぎず、シャキシャキした歯応えが嬉しいです。

 

そして忘れてはいけないのが、お肉とピーマン、たけのこの中に隠れた椎茸さん。

量は少ないですが、椎茸特有の噛みしめるといい味がするんですよね。

個人的にはこの椎茸ひとかけらで瓶ビール一本飲める気がしています。

まあ、それはさすがに言い過ぎですけど。

 

そしていよいよ本命の餃子が到着。

皮も中の餡もザクッとした歯応えがあります。

思ったよりさっぱりしているのは、餡に野菜が多めだからですかね。

大きめの餃子が6個一皿、普段だったら二皿は余裕なのですが、今日はちょっとだけ、ということで一皿で。

 

たっぷり楽しんで、これでお会計は1000円ちょっとでした。

いやいや、久々の中華料理に大満足でした。

自粛期間中、ほとんど中華なんて食べてなかったからなぁ。

人間、たまには油も摂らないとね。

 

久々に満たされたので、またしばらく我慢することにします。

これで調子に乗って、ガンガン外出してしまったら意味がないですからね。

次の「餃子の満州」は、新型コロナウイルスが落ち着いてからのお楽しみ、ということで。

昔の相撲雑誌を読んでいたらいろいろと感慨深くなった

昨日は外出する気にもならず、と言うか用もないので外出する必要もなく。

家で洗濯したり、溜まってしまったペットボトルを洗ったり、家事を済ませた後で、さて、何をするかと。

仕事はあることはあるんですが、切羽詰まっていないのでやる気にはならず(切羽詰まらないとやらない悪い癖)。

 

というわけで、以前古本市で買ってきた昔の相撲雑誌を読むことにしました。

買ってきた時にパラパラと眺めた後、なかなかじっくり読む時間がなかったので。

 

『相撲 臨時増刊 1972年11月号』です。

今から50年近く前の雑誌ですね。

アラフォーの私、まだこの世に欠片も存在していません。

と言うか、両親すら出会っているかどうか、のレベルですね。

そう考えると、大昔に感じるなぁ。

 

で、雑誌の内容ですが。

北の湖が19歳、まだ横綱昇進前だったり。

貴ノ花が新大関で、憲子夫人や息子2人、後の若貴兄弟の名前が出てきたり。

まだ千代の富士が注目を浴びる前で、巻末の「相撲界全力士写真名鑑」にちょろっと出てくるくらいだったり。

現在幕内の琴ノ若の祖父にあたる、琴櫻が現役大関として活躍していたり。

弟子の暴行死事件で悪い意味で有名になった、元時津風親方双津竜の名前があったり。

 

いやー、相撲界もいろいろあったなぁ、と思わされました。

もちろん良く知らない力士もいっぱいいて、やっぱりいまだに名前が残っているだけでもすごいことだよな、としみじみ。

 

あ、あと「相撲界全力士写真名鑑」に「行事部屋」と「呼び出し組合」があったのも興味深かったです。

今は行事さんと呼び出しさんはそれぞれ相撲部屋に所属していますが、昔は独立して部屋があった、という話だけは知っていたので、実際にその証拠を目の当たりにして感慨深いものがありましたね。

 

数百円で買った古雑誌で1日中楽しめるんですから、買い物としてはお得だなぁ、と。

古本市どころか、古本屋にもしばらく行けていませんが、新型コロナウイルス騒ぎが終わったら久々に古本漁りをしたいですね。

神保町でも行って、1日ウロウロしてみたいです。

だいぶ散財することは覚悟の上で。

楽しみです。

ゴールデンウィーク明けて外に人が増えましたね

ちょっと用事があってゴールデンウィーク明けの木、金曜のお昼頃に出掛けたんですけどね。

ゴールデンウィーク前に比べて、ちょっと人が増えたな、というのが正直な印象です。

 

遊びに出る人が増えた、というわけではありません。

ちょうどお昼時だったのですが、それまでガラガラに近かった食堂やレストランみたいなところで食事をしている勤め人の姿がちょっと増えたな、という印象を受けたわけです。

 

まあ、もともとゴールデンウィーク明けには新型コロナウイルス騒ぎは収束しているんじゃないか、というのが当初の予定でしたしね。

緊急事態宣言が5月末まで延長されたとは言っても「じゃあ、5月末までリモートワーク延長ね!」とはいかないでしょうし。

会社に出る人も増えるよな、というのが正直な感想です。

 

と言うか、もうみんなこれ以上我慢できなくなってきているんだろうな、と。

閉めていた飲食店も、ゴールデンウィーク明けに合わせて再開したところが多いみたいですし。

私の知っているお店も営業再開するって連絡来ましたしね。

あ、もちろん都の決めた時間を守って、ですけど。

 

でも、まだまだ油断しちゃいけない状況は続いていますからねぇ。

新規感染者は減ってきたとは言っても。

もちろん、その辺りはみんなわかっているとは思うんですけどね、やっぱり人間、長い間の閉塞感には耐えられないんですよね。

 

これでまた新型コロナウイルスが拡散しなければ万々歳なんですけどね。

どうなるんでしょうか。

また引きこもり生活に逆戻りするのはもう勘弁ですよ。

 

まあ、私は仕事柄、他の人の生活が元に戻っても引きこもり気味の生活になるんですけどね。

でも飲みに行く機会は増えてくれるでしょうし、もうこの際それで十分ですよ。

昨日の日記で更新200回目を迎えました

本来なら昨日「200回目の更新です、やった!」とか言うべきだったんでしょうけど。

更新してから気付くんですもんね。

 

いや、我ながら自分のブログに対する興味のなさにびっくりですよ。

だって199記事目を更新した時点で気付いてはいるんですよ、「あ、明日で200記事目だ」と。

けっこうな大イベントじゃないですか。

やる気のある人だったら、気付いた時点で200記事目を書いて準備しておくレベルでしょう。

それなのに、一日もしないうちにすっかり忘れて、普段以上に意味不明な日記書いて更新して「あ、200記事目だった」って気付くんですから。

 

まあ、別に特別でも何でもない、日常の戯言を書きつけているだけの場所ですからね。

そんな場所に、そんなに熱心になるよりも他にやるべきことがいっぱいあるんで。

これからも、あくまでも日常の戯言を書きつける場所として活用させていただきます。

 

しかし、200回も続くとは思いませんでしたね。

一時期、自分でも「あれ、このままフェードアウトしちゃうかな」と思ったこともありましたけど、そのまま消えなくて良かったです。

考えてみると、あの時はちょっとブログを書くのが負担になっていたんですよね。

「どうせ書くなら、それなりの量と質を保ちたい」とか思っていましたし。

心身ともに調子が悪かったこともありますけど。

 

いや、先月の話なんで、こんなにしみじみ振り返るような昔の話でもないんですが。

今ではもう量と質とかどうでも良くて、書きたいことを書けるだけ書こう、と考えてやっているんで気楽です。

やっぱり仕事でもないブログに気合入れ過ぎても疲れちゃうだけですね。

 

しかし、今まで何を書いてきましたかね。

お酒と古本と相撲のことを書いているのは確かですが、細かいことは覚えていませんね。

こう考えると、気合いを入れて書いていたつもりなのに結局どうでもいいことしか書いていなかったんでしょうね、覚えていないくらいですし。

 

「塵も積もれば山となる」という言葉がありますけど、アラフォーオヤジの戯言は積もると何になるんでしょうかねぇ。

ゴミにすらならない気がしますけど。

 

ま、何かになるか何にもならないか、わかりませんけどもうちょっと続けてみようと思っています。

お付き合いくださる方はどうぞよろしくお願いします。