『人間失格』オークションで高値が付きすぎな件
私は見に行くか見に行かないか、少し迷っています。
「面白そうとは思うけれど、わざわざ時間とお金を使ってまで見るべきか」というのが正直な気持ちです。
こういう場合、大抵は他の方の感想ブログとかを読んで、自分も見た気持ちになって終わる、というパターンが多いです。
おそらく、今回もそうなることでしょう。
突然、気が変わって見に行くかもしれませんが。
それは気分次第、ということで。
この映画の公開を受けてか、ヤフーオークションやメルカリで『人間失格』の出品が増えているようです。
それ自体は良いことでしょう。
映画をきっかけに太宰に興味を持って読んでみたい、という人が増え、同時にもう必要なくなった本を所有していた人が読みたい人に本を譲るのです。
ただ単にゴミとして捨てられてしまうより、よほど本の有効活用がされている、と言えるでしょう。
しかし、ちょっと今回の『人間失格』の場合は、それだけではなさそうでして。
どうも、初版本が古本市場の相場よりかなり高値で取引されているようなのです。
『人間失格』の初版本は、1948年に筑摩書房から刊行されています。
そして、太宰が自殺したのも1948年。
6月13日に太宰が自殺し、7月25日に発売されています。
おそらく、太宰の自殺という話題に合わせて売りまくってやろう、という考えが出版社にあったと思われます。
というわけで、かなり多くの部数が刷られており、それだけに現在も多くの本が残っているのです。
だから価値がない、というわけではありませんが、普通に古書店で買えば3000~5000円程度で入手できるでしょう。
(帯付きだったらもっと高くなります。15000円くらいからですかね)
それが、帯付き美品でもないのにオークションで数万円の値が付いていたりするのです。
もちろん、買う方もその値段で納得して購入しているわけですから、別に横から「もっと安く買えたのに」なんて口出しすることもないのですが。
そして、売る方としても少しでも高く売れる機会を逃さずに商売をしているわけでして、責めるようなこともないのですが。
古本好きとしては、少しばかり複雑な気持ちになります。
でも、よく考えてみたら。
小説の内容を知りたい、読みたいのであれば、別に高値を出して初版本を買う必要などないわけです。
絶版本でそれしか入手手段がない、というならばともかく、『人間失格』ならいまだに刷られているわけですし。
そう考えると、わざわざ初版本を買いたい、という人はある意味ファッションの一環、アクセサリーやインテリアの一種として買い求めているのかもしれません。
そういう人たちにとっては、むしろ購入時の値段が高ければ高いほど嬉しいものなのかもしれないな、と。
「この本、5000円で買ったんだ」と言うより、「この本、50000円で買ったんだ」と言った方が「大金を出して太宰の初版本を買う自分」という存在に酔うことができるのでしょう。
個人的にはちょっと理解はできませんが、私も相撲の本とかお酒の本とか、いっぱい集めて喜んでいる人間ですからね。
高値で一点買うか、安値で大量に買うかの違いだけで、やっていることは同じなのかもしれません。
まあともかく、せっかく購入した本なのですから、ブームが去った後でも大事にしていただきたいと思います。
捨てたりせず、古本屋に売ってもらえれば、また次の世代に古本は引き継がれていくものですから。