zatubunsya’s blog

アラフォーオヤジが何か考えたことを考えたままに書き連ねさせていただいております。

平日午前中のドトールコーヒーは高齢者の交流の場となっている

私は定期的に通院しているのですが、いつも平日の開院直後の時間に予約を入れてもらっています。

混むのも嫌ですし、先の人の診察が長引いて待たされるというのも嫌なので。

平日の開院直後であれば空いていますし、変に診察が遅くなって後の予定が狂う、ということはまずないので、とても楽なのです。

 

診察後には薬局で薬をもらうのですが、私は処方箋を渡した後に「〇時に取りに来ます」と告げて近くのドトールコーヒーに出掛けることが多いです。

薬の種類と量がそこそこあるので、下手をすると一時間くらい待たされるので。

それだったら、薬局でボーっとしているよりも、コーヒーを飲みながらパソコンをいじっている方が時間の有効活用になります。

 

そこで感じるのが、平日午前中のドトールコーヒー、特に喫煙ブースは高齢者が多い、ということです。

出社前と思われるスーツ姿のサラリーマンやOLさんに混じって、20席くらいのブースに7~8人は高齢者の姿があります。

別に一緒にコーヒーを飲みに来た、という感じではありません。

一緒にしゃべっていたかと思えば「じゃ、お先に」と片方が出ていき、その後に来た人と「おや、今日はどうしたの」とか話し出す、という感じです。

時には知り合い5人くらいが偶然集まって、わいわい会話を始めることもあります。

 

なんだかこの光景、見覚えがあるな、と。

そう、私が居酒屋に行って顔見知りに出会った時の行動とそっくりなのです。

「ああ、都会の高齢者にとって、ドトールは交流の場になっているんだな」と。

 

私のような田舎者ですと、高齢者の交流は、誰かの家に集まって漬物でもかじりながら緑茶をすする、というイメージでした。

祖母なんかが近所の家に手押し車を押しながら出掛けていったり、逆に祖母の部屋に近所のお婆ちゃんたちが集まってお茶を飲んでいる、という姿を頻繁に目撃していたのでそういうイメージが脳裏に染みついていたのでしょう。

 

別にどちらが良いとか悪いとか、という話ではありません。

ただ、なるほどなと思っただけの話なんです。

しかし、定年を迎えて仕事を辞めた後、あまり外にも出掛けず、他者との交流が少なくなる高齢者が多い、という話を聞いたことがありまして。

特に一人暮らしの高齢者だと、そのまま社会の輪の中からフェードアウトしてしまい、気付かれるのは部屋の中で孤独死していた、みたいなニュースを耳にすることもあります。

 

そんな問題を考えると、ドトールコーヒーのような気軽に行ける喫茶店の存在は、今後ますます重要な存在になっていくのではないか、と思ったわけです。

他人との交流を好まない高齢者ももちろんいるのでしょうが、そうではない高齢者だって数多くいるはずですから。

何の解決策も示さずに「もっと外に出て、人と交流しなきゃダメですよ」などと無責任なことを言うよりは、こういう誰もが気楽な気持ちで集まれるような場所を社会の中に作り上げるのも大事なことなのではないでしょうか。

 

まあ、ドトールさんの方がこの件に対してどう思っているのかは知る由もありませんが。

少なくともお店にとって迷惑でなければ、許容してくれる範囲なのではないかと。

 

ただ、時々大人数が集まりすぎて、騒がしくなりすぎることもあるんですがね。

高齢者の場合、耳が遠くなっている可能性もありますので、多少の大声は寛容な気持ちで受け入れてあげたいと思います。

うるさいな、と感じたら、イヤホンで音楽でも聴いていればそれほど気にもなりませんし。

 

時々家族への愚痴や相続争いの問題などが聞こえてくるのは勘弁してほしいところですが。

そんな他人の家に踏み入った事情を聞きたくはないのですよ。

関係ないとはわかってはいても、なんだか周囲の空気もピリピリしますし。

 

対策として、そういう場のためだけに、外音をカットできる高性能のイヤホンでも買おうかな、と考えているところです。

他人の楽しみを「止めろ」と言うよりは、自分で対策を考えた方が良いを思いますので。