いつまでもあると思うな親と居酒屋
だいぶ風邪も良くなったので、ちょいと飲みに出かけました。
本当なら「完全に治った!」と言えるまでおとなしくしていた方がいいのでしょうが、ちょっと調子が良くなったら飲みに出かけたくなってしまうんです。
それが酒飲みの性。
病み上がりだし、近所の焼き鳥屋……と思ったのですが、残念ながらカウンターがいっぱい。
でもせっかく出てきたのだから、と思って、ちょっと足を伸ばして普段はあまり行かない居酒屋に行ってみました。
もうお爺さん、と言っていい年齢の店主と、その奥さんがやっている小さな居酒屋です。
カウンター5席と奥に小上がりの座敷席があるだけの小さなお店で、少々駅から離れたところにあるので通いづらいのですが。
一度知人の紹介で行ってみて、無駄口を叩かないでしっかりと仕事をするご主人、柔らかな物腰の奥さん、そしてお客も騒がず自分のペースで飲んでいる、という優しい雰囲気に惹かれ、たまに通っているのです。
ホッピーがないのが残念ですが、カウンターで瓶ビールを手酌でやりながら小さなテレビを眺めたり、本を読んだりとのんびり過ごせるお店なのです。
到着した時にはカウンターはすべて埋まっていたのですが、私が入ってきたのを見たお客さんが一人「ここお会計するからどうぞ」と言ってくれたので、しばらく待って無事カウンターの隅に滑り込むことができました。
ありがたい話です。
いいお店にはいい常連さんがいる、ということですね。
座ってすぐに頼んだ瓶ビールで喉をしめらせて、おつまみを思案します。
まあ、思案すると言っても、座ったカウンターの目の前でおでんがぐつぐつ煮えていたのでね。
そりゃ、おでんを頼むしかありませんよね、寒いし。
「おでんの盛り合わせ、お任せでお願いします」
「はい、おでん盛りね」
ご主人がおでん鍋からスッ、スッと深皿におでんを盛り付けてくれます。
大根、こんにゃく、ちくわ、卵、豆腐。
凝った具材ではありませんが、味が良く染み込んでいて文句のつけようがありません。
おでんは熱々のうちに食べるのが、おでんに対する礼儀というもの。
ハフハフ言いながら、ビールで口の中を冷やしながらいただきます。
おでんを食べ終わると同時にビールを飲み切ったので、追加の1本を注文。
お腹はそこそこ満たされたので、〆のつまみに自家製のおしんこ盛りを頼みます。
茄子と蕪、大根と大根葉。
しょっぱすぎず、歯ごたえもある優しい味。
市販の漬物ではこうはいきません。
おしんこをつまみながらビールを飲んでいると。
「お兄さん、ウチ、来月閉めるんですよ」
店主からそう話し掛けられました。
何度も来ていますが、店主から話し掛けられたのは初めてでした。
私以外のお客さんともほとんど話している姿を見掛けたことがない、無口な職人さんという感じだったので、最初は驚くばかりで。
「そうなんですか、それはそれは……」
そんな風に返すことくらいしかできませんでした。
「閉める前に来てくれて、良かった」
「皆さんに挨拶できずに閉めちゃうのは、寂しいものね」
店主と奥さんからそう言われて、不覚にもちょっと泣きそうになりました。
カウンターの外のお客さんはもう閉店のことを知っているのでしょうか、特に何も言わず、こちらを見るようなこともせず。
閉店は寂しいけれど、店主と奥さんが決めたことだから受け入れることにしたのでしょう。
他の皆さんがそうしているのですから、私もきれいにお別れするべきでしょう。
おしんこを食べ終え、ビールを飲み終えて、お会計です。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
「はい、ありがとうございました」
にっこり笑ったお二人に見送られ、外に出ます。
これで最後か、と思うと感極まるものはありますが、長いこと飲み歩いていると居酒屋の閉店に立ち会うことは、時々あることです。
お店の人が決めたことなのですから「やめないでください!」なんてことは言えません。
精一杯の感謝の気持ちを心に秘めて、フラフラッと立ち去るのが酒飲みの流儀です。
まあ、閉店は来月なので、もう一回行こうと思ったら行けるんですけどね。
でも個人的にいい感じであのお店とのお別れができたので、今回でラストにしておこうと思います。
これも人生の一幕、ですわ。